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[顔。]
・伊藤side












男も女も同じ
結局はそう、すべて













顔。
















暗い中、残業をひたすら淡々とこなしつつ、デスクに置かれた女の子からの差し入れを口に入れた時

「……おい」

普段滅多な事じゃない限り仕事以外のことで口を開かない先輩に呼び掛けられて、視線を向ける

「……はい、なんすか」

だってここにはもう俺と先輩しか居ない

「…………」

相変わらず無口で冷静で仕事が出来てしかもイケメンとまで来たこの男の顔を見ていると、無駄な気遣いが生じる

だからあまり関わりたくない


「……お前」
「はい」

そんな事を考えながら、空いた口に菓子を入れようと伸ばした指先

「お前、本当の名前はなんだ」

それも、ビスケットに触れる直前ピタリと止まった

「……え?」

心臓が妙に早く鼓動をうつ

「……なに言ってんすか」

なぜだ

「俺は生まれてこのかたずーっと伊藤祐介ですよ」

なぜ、この男はこんな事を聞く

「…………」

まさか昔、どこかで会った事があったか

……いや、まさか
でも分からない

「変な事言うなあ、知念さんは」

警戒しくちゃいけない

「…………」
「じゃ、俺先上がります」

昔の俺がバレたら、終わりだ



「……ふう」

外の凍てついた空気を吸い込んで、なんとか心を落ち着ける

「お兄さん綺麗ね〜、ちょっと遊ばない?」
「ごめん、今日はいい」

繁華街の中もすんなり潜り抜けるのも手慣れてきたもんだ

昔とは違う

『おい、気持ち悪い顔してんじゃねえぞ!』

そう、昔とは

全く違う

「…………」

俺が整形手術をしたのは3年前の夏

醜い顔のせいで幼い頃から酷くいじめられ続けて、高校を卒業してすぐに、マスクや帽子で顔の殆どが見えない製造業に大人しく就職して、毎月貯金し続けた

『俺、整形する』
『……整形?アンタなに言ってるの、一体どうして…』
『こんな顔で生きていく位なら、死んだ方がマシだ』

母さんは俺の言葉を聞いて悲しそうに泣き崩れた
そして父さんに至っては、そんな事をするなら縁を切るとまで言い出した

頭の固い両親だ
今のご時世、整形なんてみんなやってるじゃないか

俺は只、他の人より更に金を注ぎ込んで顔を綺麗にするだけだ

『お前の顔見てると吐き気するわー、死ねよ』

もう、あんな事を誰にも言わせないように

『あー気持ち悪』

俺は誰よりも綺麗な顔の男になってやる

「……すみません、肉まんください」

無意識に握り締めていた拳をほどいて、ふらりと立ち寄ったコンビニのレジにそう呼び掛けた

「……はーい、……あっ、少々お待ちください」

女が更に女の顔になって、全てのサービスが丁寧になる

「126円になりますっ」
「はい、ありがとう」

なあ、結局
顔がよけりゃあ何でもいいんだろ?

「ありがとうございましたー!」

謙虚ささえ忘れずに、同性の嫉妬や恨みを買わない限り、それなりに優遇されている現状に口元がいびつに歪む

あの頃の俺を知っている人間とは全て縁を切った

絶対にバレないように、下の名前も変えた

親は今時珍しいくらい頭の固いふたり

娘ならまだしも、息子が盛大な整形手術をしたなんて死んでも周囲にもらすような親じゃない

整形する前に製造業の仕事も辞めて、地元とは離れた遠い地で始めた一人暮らし


回りは俺という人間を誰一人知らない奴等ばかり

『伊藤祐介』という、新しい人間の人生の幕が開いた

「…………」

だけど始まってみりゃあ、なんてお気楽なモンなんだろう

『君、綺麗な顔してるねえ……営業なんかに向いてそうだ』

途中採用の内定もすぐに貰えて、入社してみれば女の子に大人気

まあ運が良かっただけかもしれないけど

『伊藤さん資料出来ましたぁ〜』
『うん、ありがとう』
『おい伊藤、お前……』
『あ、この前はありがとうございました田路さん、でも流石ですよね〜俺田路さんみたいな男になりたいっす』
『……お、おう、そうか?』

正直今は女より男に媚びる方が大変なくらいだ

「…………」

そりゃああんなチヤホヤされてたら、馬鹿にも育つってモンだ
俺は勘違いしないようにしねえと

そんな中でも、唯一俺が媚びなくても良かった相手

それが今日奇妙な事を問い掛けてきた、知念さん

「……」

仕事以外のことは話さない無口なイケメン

この人は俺の顔なんて見てもいないといった様子で、気が楽だった

そう、今日までは

「……ふう」

ようやくたどり着いたアパートに鍵を差し込んで、ため息をひとつ

「…………」

明日からは、知念さんも警戒しくちゃいけない


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