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・知念side













他人の顔が
いや

お前の顔が、見れない













顔。


















伊藤が出ていった後の扉をじっと見詰めて、頭を掻いた

「…………」

変な質問をしてしまったのは分かってる

だが俺はアイツを絶対に知っている

『知念さん』

だから余計に、あの顔が見れない

「……はあっ」

大きなため息をついて項垂れて、中学の時の卒業アルバムを記憶の端でなぞれば

『アイツ、綺麗な顔してるよなー』
『え?誰っすか』
『ほら、1年の……』

錆び付いた過去の幻影が頭を掠める

「…………」

今思い返しても胸が締め付けられそうになる自分の言動

俺は中学の時までは、よく話す活発な男だった

『うっす知念さん!今年の1年どう思いますー?良い感じのいますかねー』
『ん?別に……普通だろ』

だが3年になって、厳しい部活の副キャプに選ばれて1年の面倒を見なくちゃいけなくなった時に、ひとつ下の後輩に何気なく口を開いたのがいけなかったんだ

『あーでも、伊藤ってヤツはなんかセンスありそうな顔だよな』
『……ふーん、伊藤ね』

話してしまった2年の香我美は嫉妬心と競争心の人一倍強い男

『おい伊藤!』
『!は、はい』

なにも起こらない訳が無かったんだ

「……」

香我美は俺が見えない場所で、伊藤と同じ学年の奴等にも苛めるように仕向けさせた

ちょっとした不良紛いな香我美の事だ
年下を脅すのは得意だったんだろう

『あれ、伊藤のヤツ最近来ないな』
『そうっすかー?』

現役の頃は自分の練習に忙がしくて、伊藤が苛められていると初めて気付いた時には、もう季節は真冬

『テメェ香我美……!後輩苛めてんじゃねえよ……!もう止めとけ!』

グランドに乗り込んで模擬試合をしていた中に、制服のまま割り込んで憎たらしい男のユニフォームを怒鳴りながら掴めば

『……はあ?なんの事っすか』
『伊藤だ、お前が苛めてるらしいな』
『知らねー、っつーか、何時の話してんすか、それもうけっこう前の話っすけど……って言うか伊藤とかとっくに部活辞めてますよ』

悪びれた様子もなく俺に言葉を返す口元

『そういう問題じゃねえだろ!』
『……ちょっと、突っ掛からないでくださいよ』

だが次に香我美がしれっと返してきた言葉に

『大体……知念さんが悪いんじゃないすか』
『ああ!?』
『アンタが、伊藤だけにセンスありそうな顔とか言うから』

今度は俺が頭を強く殴られたような感覚に陥る

『俺が知念さんに憧れてんの、知ってんでしょ?ならそう言われて何しそうかなんて……ちょっと考えりゃ分かりそうなモンですけど』
『……お前なに言って』
『むしろ、アンタが遠回しに、俺に伊藤を潰せって言ってんのかと思ってましたよ』

硬直する身体
詰まる息

『でももう俺、伊藤の件については関わって無いんで……今は勝手に下の奴等が楽しんでアイツを苛めてるだけっすよ』

まさか
俺の言葉が全ての元凶だったなんて

『気に病まない方がいいっすよ、どうせアイツ、いつかは苛められそうじゃないっすか』
『…………』
『……あの綺麗な顔、同じ男に嫉妬買われますって』

香我美の性格も熟知していながら、不意に口を滑らせた事で、一人の人間の人生を俺が狂わせている

怖い
認めたくない
逃げたい

それから結局助ける事も出来ないまま、振り切るように中学を卒業したのはいいものの

その件をきっかけに、迂闊に口を滑らすのが怖くて、他人と用事が無い限り話せなくなった

『……こんにちは』

だがそんなトラウマを、社会人の今になってまだ引き摺っていた俺の前に

『……伊藤です』

突然現れた伊藤という、とてつもなく綺麗な顔をした男

「…………」

下の名前は違っても、この顔で一瞬にして全てを悟った

より綺麗になったような気はするが、ベースは変わらない

『……あの、面接を受けに来たんですが』

俺の人生にも深い傷を残した伊藤と、間違っても一緒の会社なんかに入ってしまわないように、ここまでするのは正直馬鹿らしいとは思いながらも

わざわざ地元から離れて遠いこの地に腰を下ろしたのに

「……はあっ」

お前は俺を恨んで、わざと追い掛けて来たんだろうか

だとすればお前は俺に、一体何を求めているんだろうか

それを探ろうと、いや、逃げてばかりいたお前という存在と真剣に向き合おうと、精一杯の勇気を振り絞って話し掛けてみた数分前

「……くそっ……」

頭を抱えて、デスクに項垂れる

「……伊藤……」

俺は、なんて最低な男なんだ


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