PAGE
[3]
・伊藤side













こわい

怖い

恐い。













顔。

















全身に冷や汗をかいて、勢い良く起き上がった

「は……っ!」

そのまま立ち上がって、急いで狭い洗面台まで向かう

「はあっ、はあ……」

恐る恐る鏡を覗き込めば、目鼻立ちの整った顔

『おい!気色悪いんだよバーカ!』

まだ、足りないのだろうか

『なんだよその顔』

俺は、まだ、もっと

『吐き気がする』

綺麗な顔にならなくちゃいけないんだろうか

「……はあ……っ」

両手で顔を覆って、ズルズルとその場に座り込む

「……整形、しよう……」

か細く消えた自分の声と、目覚ましの鳴る音

「…………」

今日も伊藤祐介の1日が始まる











今朝の憂鬱も振り払って、澄ました顔でオフィスに出向く

「おはようございます」
「おー伊藤おはよう」
「おっはよーございます伊藤さーん」

賑やかなオフィス

いつも通りの時間

「……おはようございます」

だけど確かに漂う、いつも通りじゃない俺の緊張感

「…………」

昨日家に帰って思い付く限り調べ尽くした

知念武臣

小学校にも中学校にもそんな名前の同級生や先輩は居ない、俺が知る限り、見た記憶も話した記憶も無い

前の職場にも誰一人そんな人、もしくはそんな名前の知人を持った人も居なかった

そもそも俺は年上と関わるようなタイプじゃ無い

唯一関わったと言っても、中学校に入ってすぐ部活に入部した後、忘れもしない『香我美先輩』に何故か目を付けられて、そこからなし崩しに酷い苛めが始まったくらいだ

すぐに部活も辞めたし、勿論友達だって一人も居なかった

そんな俺を知っているという、謎の男『知念武臣』

「…………」

一体ヤツは、何者なのだろう

「おい伊藤」

気になる事が増えて眉間に皺を寄せていれば、不意に掛けられた声

「あ、はい」
「お前大丈夫かー?なんか今日顔色が悪いぞ?」

無意識に、『顔』という言葉に反応して肩が跳ねてしまう

「……あ、そう……ですかね……」

俺の顔色が悪い?
それは見ていて声を掛けさせてしまう程のものだったのか
まさかまた俺の顔を見て気分を害させてしまったのか
何故顔色が悪いんだ、こんなにも綺麗にしようと保っているのに何故

そう思い出したら、居ても立ってもいられなかった

「……ちょ、ちょっとすみません」
「あ、おい伊藤」

片手で顔を覆って、足早に手洗いに駆け込む

「……っ」

そのまま一気に鏡の前まで近付いて、睨むように自分の顔を真正面から捉えた

「…………」

本当だ
顔が青白い

やっぱりまだ気持ち悪い
青白い俺の顔は気持ち悪い
どうすればいいんだ、どうすればいいんだ、どうすればいいんだ
もっと、もっと綺麗になりたい
ならなくちゃいけないそうしないと不安だ、こわい、怖い、恐い

『おい伊藤』

俺は醜くないと言ってくれ
誰でもいい
誰でもいいから俺を

「……おい」

俺を

「……伊藤」
「!?」

ほぼパニックに陥っていた思考を引き裂くように割り込んだ声と、肩に置かれた手

「……い、伊藤……?」

思わず凄い勢いで、仰け反るように相手を振り返る

「…………」
「……」

そしてそこに居たのは、昨日から自分が気掛かりにしている男

「……知念、武臣さん……」


掠れた声が捻り出すようになんとか空気を揺らす

「……お前、大丈夫か」

無表情のまま近付いて来るその男は、どうやら俺が無意識に開いていたらしい蛇口を、きゅっと捻って止めた

「……伊藤、昨日の話だが」

真っ直ぐで静かな眼差しと絡む視線

「すいません、今忙しいので」

普段人の顔を見たりしないその瞳に、今の自分が映っているのが何故かやけに怖くて、言葉を遮るように背中を向けた

「おい」
「…………」

落ち着け
落ち着け

落ち着けばきっと顔色も良くなる筈だ

そうすれば冷静に人と向き合える

顔、顔さえいつも通りになれば、俺は普通でいられるのに








[←前|次→]
[←戻る]