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[我慢×辛抱×気力]
木下椿



 萩原サマに支えられて、なんとかたどり着いた教室は、もうお昼休みの時間だった。


「座っていろ、私が購買で何か買ってくる」
「あ、うん。あんがと……」

 自分が入る事によって何故か一瞬静まり返った教室も、すぐに活気を取り戻す。それを少し不振に思いつつも、わざわざこんなアタシの分まで購買にお昼を買いに行ってくれた大切な友人の背中を、ぼんやりと見つめた。

 教室の中央に居る葛城が、何かを小さく囁いては教室から出て行く気配。それに安心して、日差しの差し込む窓から外を見た時。

「ちょっと木下さん」

 突然厳しい声に呼ばれ、また教室側に視線を戻した。

「……え?なに?」

 何時ものようにへらっと笑う先には、クラス1の美女であるユリカちゃん。綺麗に巻いた長い髪に、最近流行のナチュラルメイクでキメた目元。相変わらずべらぼうにキュートなそのお顔に内心和むなあなんて内心呟く。

「拓哉君に付きまとうなんて、良い度胸してるじゃない」
「……ん?」

 そうしていた間にも、大きくてうるうるしていた瞳が鋭く細められ、机を乱暴に蹴り飛ばされた。

「えっ……えっ?」

 な、なんて?
 アタシが、葛城拓哉に付きまとってる…?

 いや、いやいやいや……違うでしょそれは……。

「どーせアンタなんて、萩原さんが居なけりゃ只の凡人以下じゃない」

 あらまあキュートなお顔でも言うときは言うのか、逞しい女の子ってのもまた良いね!

「なに笑ってんの? そんなに苛められたい訳?」
「はは、まさか……」

 ようやくこの異様なまでに冷たい空気に気付いて表情を引き締めれば、教室中の女の子から痛い視線を感じた。

「拓哉君を諦めないと、ひどい目に遭わせるから」

 ああ。女の子に嫌われるなんて、すごく辛い。

「椿、焼きそばパンかサンドイッチかどっちが良い?」
「あっ、萩原さ〜ん!今日は私達とお昼食べようよ〜」

 ……そうか葛城拓哉。お前の魂胆が分かったぞ。

「いや、私は椿と……」
「たまにはいいでしょ〜?」

 悪魔の化身神谷リョウが、身体的な暴力でアタシを屈しようとさせているならば、アンタは精神的な方法で、人を孤独に追いやってすがり付くのを待っている。

 神谷とは違って自分の手は汚さない。その上残虐な仕事は他人に押し付けて根負けさせようって事ですか。

「……はあ……っ」


 全く、疲れるなあ。

「すまないが、私は椿と食べる。また明日な」
「ええ〜っ、絶対明日食べようね〜」

 これこそ最も萩原サマを巻き込んじゃいけない展開だよ。

「椿」
「……ん、あんがと」

 長くて綺麗な指先から焼きそばパンを受け取って、小さく微笑んだ。

「私はお前の味方だ」

 お姉さんのように大人びた瞳に心底安心しながら、それでも確かに。

「あはは……頼りにしてます」

 迷惑を掛けないように微かに取った距離。

「………………」

 放課後。
 無理矢理先に萩原サマを帰らせた後、もう一度保健室に立ち寄って手当てをしてもらっていれば、保健室の奈美子先生が、窓の外に顔を向けた。

「あらやだ……何かしら?」

 それにつられるように一緒にその窓から外を見てみれば、校舎に沿うように植えられた植物の緑色の上に、誰かのノートが派手に散らばっている。
 どうやら上階からなにかが落とされたらしい。

「すみません、ちょっと見てきます……」
「あ、木下さん……まだ手当てが」

 少し、嫌な予感はしていた。だってあの落ちている場所の3階には、丁度うちの教室がある。

「…………」

 案の定、白いノートや酷く落書きをされたり破られたりした教科書を拾い上げてみれば、それはアタシの置き勉していた私物達。

「……ふう」

 まるで漫画に描いたようなイジメだな。女の子ってやっぱ二面性があるわ……。まあ、そんな所も魅力的……。なんて考えていた時。

「?」

 ふと足元に自分とは違う丸い影が映って咄嗟に上を見上げた。

「……へ?」

 あらやだ。アタシの見間違いじゃ無かったら、まさか今真上から落ちてきてるのって、机じゃ……。

「……っ!」

 そう理解した刹那、瞬時に顔が青ざめて両手で頭を覆った。

「……〜っ!」

 左腕に机の脚部分である鉄がめり込んで、あまりの激痛に声もでない。

「あはははっ!」

 遥か上の方から、笑い声が聞こえた。

「残念。死んじゃえば良かったのに」

 ……ああもうユリカちゃん、勘弁してよ……。

「木下さん!? 大丈夫なの!?」
「あっ、奈美子先生だ……逃げよ」

 大きく項垂れて、左腕を押さえる。

「酷い……! 一体どうしたの……!? 誰がこんな事……っ!」

 ああ痛い。焼けるように、凍てつくように、そして麻痺するように。なんだこれ、もしかして折れちゃった?

「病院に行きましょう」

 やだやだ。こーんな酷い事されても、まだ女の子が大好きでチクったりましてや報復しようなんて思えないアタシは最早本当に女なのか疑問すら浮かぶ。

「あー、っ痛た……」

 何はともあれ、これは思った以上に波瀾万丈な1ヶ月になりそうだ。











 水曜日。
 案の定骨折をしてキブスを巻いた左手と、頬に貼られた湿布やら机が当たってちょっと切れてしまった所を縫って包帯を巻いた頭なんかを見る限り、自分は完全に怪我人だ。

 我ながら大袈裟過ぎるんじゃないかという出で立ちで、何時も通り遅刻ギリギリの時間帯に靴箱の前までやって来ては、上履きに手を伸ばす。

 そして少し違和感を感じた上履きの中を覗き込んだ刹那、湧き出るようについたため息。

「はあーっ……」

 やっぱり上履きの中に画鋲が沢山あった。
 しかもご丁寧に接着剤で固定されてあるようで、見事な針山が出来上がっている。

「クッパの背中じゃないんだから……」

 そんな至極下らない事を呟き、これはどうしたものかと頭を掻いていた場所に、響いた声。

「おい」

 まるで昨日のデジャヴを彷彿とさせる展開に息を潜めた。
 あーあーあー。もう見なくても分かる。赤みの強い短髪をワックスで立てた、泣く子も黙る鋭い目付きにその無駄なイケメン面と煙草をくわえた薄い唇。

 悪魔の化身神谷リョウだ。

「…………」

奴の視線はアタシの左腕と包帯を巻いた頭、クッパの背中みたいになった上履きの中を無言で見詰めた後。やはりお構い無しといったように威嚇を込めた蹴りを一発靴箱に入れて、低く唸った。

「……俺と付き合え」

 ……ったく、懲りもせずに同じ言葉を。

「あー……、慎んでご遠慮させて貰います」

 重いからだを引き摺って、上履きも履かないまま階段を目指した時、頭の包帯を掴まれてよろける体。

「……っ」

 そしてまた壁に顔を押し付けられるんじゃないかと全身を強張らせてその衝撃に耐えようと覚悟を決めた。

「……チッ」

 だけど顔への衝撃はなく、お腹を蹴られて強制的に尻餅をつかされて、軽く蹴り上げられた左腕。

「俺あ折った覚えはねえぞ……」
「……っ!」
「誰にやられたかは知らねえが、哀れだな……」

 屈辱的な言葉も、この朝日のように右から左へ流す事に徹した。

「虐められて、ゲームの駒にされて。テメェ生きてて楽しいのかよ……」

 そんなの、こんなヤツに言われる筋合いはない。

「葛城の野郎に利用されてんだろ? よっぽどのアバズレだぜ……」

 そんな反論すらする気も失せて、痛む身体になんとか鞭を打っては立ち上がり、階段をのぼる。

「……おい、待て。テメェには貸しがある。俺の面を殴りやがったからな」

 ああ、はいはいすみませんでした。なんて言って済む話でも無い言葉と、あの日の出来事。
 でも後悔なんかしちゃいない。むしろよくやったアタシと今でも自分を誉めてやりたいくらいだ。

「……チッ。糞だりい『駒』だな」

 結局靴箱の前から追い掛けて来る事の無かった神谷リョウは、不愉快な顔をしたまま何処かへ消えていき、自分の教室の扉を開けば、自分の席は無くなっていた。

「……おはよ」

 ニヤニヤと笑う葛城拓哉を視界の端に捉えた後、その次は般若のような顔をした萩原サマがアタシに声を掛ける。

「椿」
「あ、おっはよ。アタシの席知んない?」

 想定内の事実にへらっと笑えば、ますます怒りを隠さない萩原サマが一度強く机を叩いて教室を睨む。

「……笑っている場合じゃないだろう!」

 あちゃー。ぶちギレモードに入ってしまったか。

「椿の机は何処に行った、誰の仕業だ。下らない。小学生でもあるまいし……情けないと思わんのか!」

 いかんせん、このスーパークールビューティー萩原サマが怒鳴ると、その場は空気が凍り付いたようになるのは言うまでもない。

「いや……別にそこまで怒らなくても……」
「椿は女に甘すぎる!」
「ああ、まあ、厳しくは出来ないかなあ。っていうか、したくないし……」

 そもそもユリカちゃんは葛城に利用されてるだけであって、ユリカちゃん自身が悪いわけではない……筈。

「ほらほら、とにかく落ち着いて」

 未だにビリビリしている黒髪お姉さんを宥めつつ、小さくため息。

「……ふう」

 さて、今日はどうやって授業を受けようか。

 そんな事を思いながら、困って右手で頭を掻いた時だった。

「…………」
「ん? なに?」

 さっきまであれ程プンプンしていた鬼が、何故か表情を失ったようにアタシを見ていて、思わず聞き返す。

「……椿」

 突然割れ物に触るように繊細な手付きで、頭の包帯と左腕に触れてきた。
 その後自然と萩原サマの視線は足元に落ちていき、発された言葉に流れた冷や汗。

「……上履きは、どうした」

 あらまあ。これはまさか、第2の地雷になっちゃうかな。

「えーっと、上履きは靴箱に入れたままで……この怪我は、ほら、アレ……! 何故か夕方に突然空から机が降ってきたというか……アレかな、UFOって本当に実在して……」
「馬鹿があぁあっ!」

 はい、地雷だったようです。






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