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神谷リョウ







 土曜日。
 気紛れに繁華街に来て、適度に喧嘩をしては馴染まない賑やかな場所を進む足。
 この晴天とは裏腹に、さっぱり晴れない自分の気分に奥歯を噛む

「……チッ」

 相変わらずあの地味で苛立つ女に打たれた頬が酷く疼く。
 殴っても折れず、虐められても耐え抜く。なら一体どうすればアイツを早く落とせるってんだ。
 眉間に深く皺を寄せて煙草に火をつけながら、そんな至極下らない事を考えつつ、うざったい人混みの中を淡々と歩んでいく。

『あ、リョウちゃん?』

 そう。繁華街が嫌いな俺がわざわざ休日にこんな場所に出向いたのは、単なる気紛れであって、絶対にアイツの台詞のせいなんかじゃない。

『木下椿が土曜日あそこに行くらしいよ。何か良いことあるかもだから、暇なら行ってみたら?』

 むしゃくしゃした頭を押さえ付けて咄嗟に地面に落ちていた紙袋を蹴り飛ばせば、その中から真新しい服がこぼれ落ちて目を細めた。

「傷付きたくなけりゃあ引きこもるかギブアップするか、どっちかってこった」

 そして不意に横から聞こえた、不愉快な声と鈍い音。
 暗がりに目を細めれば、野郎二人に蹴り倒されて地面に伸びた傷だらけの女。

 頭に包帯。左手にギブス。
 嫌でもソイツの正体を理解した時。

「おい」

 自分でも訳のわからない怒りが込み上げて、唸るように暗がりに向かって呟いた。

「ぶっ殺すぞ……退け屑」

 なんだ、どうして俺は怒っている。
 少なからず動揺している自分を噛み殺して、煙草を地面に吐き捨てた時。この感覚に自分なりの答えを見つけ出して一気にさっきまでの動揺が引いていく。

「ソイツは俺の玩具だ」

 そう、これは俺と葛城がしている、只のゲーム。

「テメェ等は引っ込んでろ」

 この女は俺達の蹴りをつけるための玩具にしか過ぎない。だが、そこにコイツらや学校でよく見かけるあの小柄な女がしている惨めったらしい虐めは必要ない。

「次コイツに手え出しやがったら……殺す」

 このゲームの参加者は、あくまで3人だ。邪魔な奴は、俺が排除して行ってやる。

「ヒッ……! なっ、なんで神谷がここに……!」
「おい行くぞ……!」

 暗闇に紛れていく2つの背中をなんとなく見つつ、ゴミと一緒に地面とオトモダチになった女を見下ろした。
 包帯に赤が滲んでいる。さっきの野郎にやられた弾みで、傷口でも開いたか。

「……チッ」

 左手のギブスに頭の包帯。その2つは、自分が残した傷じゃない。つい昨日までしていた右頬の白いモノも取れている。

 ぼろぼろになって、ズタズタになった服や体の中、唯一光を綺麗に反射するものが指にはめられているのを捉えて、なんとなくそれを外す。
 それは、無意識に近い動作だった。
 なにも考えず、コイツがつけていたものを自分の指へと通して、一番馴染む小指へとおさめれば、満たされていく感覚。
 この謎の安堵感に浸されながら、再び両手をズボンのポケットへと突っ込んで、改めて棒立ちになって女を見下ろしていれば、またこの湿気た路地に響いた声に眉間に皺を寄せた。

「椿……っ! 椿大丈夫か……!」

 俺を突き飛ばして、割れ物に触れるように繊細な手付きで傷だらけの女を抱き締めた奴の背中を淡々と見詰め、また考える。

「すまない……私が離れたからだ……」

 コイツに手を出す奴はいらねえが、コイツを守ろうとする奴もいらねえ。

「……貴様、なんの関係もない椿をゲームだからという理由だけでここまで傷付けて、何も思わないのか……?」
「……さあな、かったるい……それだけだ」

 怪我をさせたのは自分ではないことを否定するのも億劫で適当に返事をしながら、今話しかけて来ているこの目鼻立ちの整った女に、不愉快なほどの感情を覚えた。

「……お前、よくそんな奴と毎日一緒に居られるな」
「どういう意味だ……」
「テメェにメリットもねえ癖に、全く女ってのは訳のわからねえ生きモンだ……」

 鼻で笑いながら刺々しい言葉を並べて、嫌味な仕草と歩き出す。

「私は、椿が大切で……好きだから傍に居る」

 そんな台詞にまた苛立ちが込み上げてくるのを奥歯で噛み潰しながら。

「貴様のような奴にとやかく言われる筋合いはない」
「……言ってろ」

 結局不快感しか残らなかった路地を後にした。




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