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[駆け引き×取り引き×暗躍]
萩原美凉









 朝。椿一人を教室に残すのはあまりに不安が残って、近くの手洗いの個室に入っていてくれと頭を下げた。

「いいけど、ここって3年校舎じゃん。どったの? なんか用事?」
「……まあな、直ぐに戻る」

 頭を優しく撫でれば、相変わらず何を考えているのか分からないへらっとした表情が見えて個室へ促した。

「いってらっさい」
「ああ、鍵は閉めておけよ」
「はいは〜い」

 その後一人で廊下を進んでいけば、見慣れない私の存在がそんなに目立つのか、すれ違う3年生達に視線を向けられて眉間に皺を寄せる。
 そして辿り着いた教室の前で、近くの生徒に声を掛けた。

「……荒木康友先輩は居ますか」
「……おう、お前誰?」
「2年の萩原です」

 こちらをなめ回すような視線に吐き気がする。

「おーいやっさん! お客だ! しかも美人の!」

 しかし目的の人物の声が聞こえた時、そんな小さな憤りは消え去った。

「俺は美人だからって安くしねえぞ」

 体格の良い身体と鋭い目付き。

「…………」
「こんにちは」

 心なしか冷えた空気に気を引き締めた時。

「……はあっ。依頼内容は大体分かった。取り敢えず人気が無え場所に行って話し合うか……」

 案外素直にこの状況を飲み込んだ荒木に目を細めた。

「言っとくが報酬は高くつくぞ。葛城を敵に回すと心底面倒くせえんだ」

 二人で廊下を進んでいる時、また不意に隣の男が口を開く。

「木下椿は今何処に居る?ちゃんと家で安静にさせてるんだろうな」
「いや、学校には絶対に行くと言って聞かなかった。今はこの近くの手洗いの個室に居る」

 だがそこまで告げた刹那、鋭い雰囲気に変わった荒木が唸るように発した言葉に、今度は自分が凍り付く.

「馬鹿野郎、ここは葛城のテリトリーなんだよ……そんな子供騙しが通用する訳ねえだろ……! チッ、面倒な客だぜ……!」

 人を張り倒しながら進む背中を追い掛けて、椿の居る手洗いに向かう。

「……っ」
「右手も折っちゃえば良くね?」
「おー、それ良いね」
「オイ!」

 中を確認した時、言葉を失った。

「えっ、やっさん……」
「悪いがソイツは俺の客だ。今すぐ離さねえと……、分かるな?」

 無理矢理鍵を抉じ開けられた扉と、全身ずぶ濡れで切れた額から血を流す椿。

「わ、分かった離すよ……!」

 チンピラの男が汚い手を離せば、力なく崩れ落ちる身体。それを抱き止めて横抱きにした荒木は、私に教室から上着を取って来いと告げ、急いで取って来れば、上着で椿の傷だらけの顔を隠すように被してやれと言われてその通りにする。

「ったく、いいか? 学校の中に死角はない。常に誰かが傍に居ねえとコイツはこんな目に遭うんだ。肝に命じとけ」

 一階に降りていっているという事は、保健室にでも行くのだろう。案外繊細な心配りが出来るこの男を少し見直した。
 敵でさえなければ、これ程までに好都合で頼り甲斐のある者は居ない。椿を守っていくには、必要な存在だ。
 そんな事を考えながら一階に辿り着いた時、下駄箱が並ぶ入り口の、一際酷く荒らされた椿の靴箱の前で煙草をふかして立つ男が見えて息を飲む。

 逆光でシルエットが浮かび上がる姿に、隣の荒木は落ち着き払ったように脚を進めた。

 そうだ。敵は葛城だけではない。あの暴力魔もまた、酷く椿を傷つける。

「…………」

 何事もなく右に曲がって保健室への道を進んでいく荒木とは反対に、自分は左の倉庫の方へ向かう。
 一緒に歩いていれば更にあれが椿だと確信を持たせてしまうだけだ。
 稚拙で時間稼ぎなだけなのは百も承知でそんな対策を取った。
 だが私のそんな苦肉の策を嘲笑うかのように、明らかにさっきまで入り口に居た男が誰かを呼び止めて背筋が凍った。

「……おい」

 ゆっくりと振り返れば、奴は私では無く、荒木の方を見てズカズカと歩みを進めて行く。

「おい、待てテメェ」
「テメェじゃない、荒木センパイ……だろ? 神谷リョウ君」
「待てっつってんだろ」

 椿を覆っていた荒木の上着が剥がされて、神谷が傷だらけの姿を映した刹那、明らかに辺りが殺気に包まれた。

「俺の玩具だ……気安く触ってんじゃねえ」
「っと、待てオメー……! 女抱いてんだろうが……! 見てわからねえのか……!」

 蹴りや拳を容赦無く振るう神谷の猛攻を避けつつ、怒鳴り付ける荒木が苛立ったように声を上げた。

「あーっ畜生! なんつー面倒くさい展開だ……!」
「……邪魔なんだよ、テメェ等全員……」

 お互い呟きたい事を呟きながら続く攻防。

「おい萩原……! 外出ろ外!」
「あ、ああ分かった……!」
「……ソイツは、俺のモンだ」

 無表情に近い顔で、無意識に呟いている言葉がどこか異常である事を、神谷本人は気付いているのだろうか。

「勝手に触ってんじゃねえよ……」

 そんな言い方ではまるで。
 変に浮わついた意識の中そこまで考えた時、奴の小指に光る何かに、何処か見覚えがある気がして走っていた脚を止めた。

「おい! 何やってんだ!」

 後ろで荒木の怒鳴り声を聞いて、目の前で静かな怒りに染まった男の表情を見据える。

「……神谷リョウ」

 ゆっくりと自分の指についている指輪を見せ付けるように前に突き出せば、一瞬表情を失った男は苦虫を噛み潰したような表情をした。

「それは椿と私の物だ……」

 何故、コイツが椿の指輪をつけているのか。真相は謎だが、葛城のような悪意はコイツからは感じられない。そう思った。

「お前のモノじゃない」

 だが、なんの躊躇も無く椿を傷付けるのは事実。やはり敵だ。信用も置けない。

「……チッ!」

 まるで汚い物でも投げ捨てるように地面に指輪を叩き付けた神谷は、不機嫌なまま踵を返して学校の中へと入っていく。

「萩原! 取り敢えず落ち着ける場所を貸せ!」

 その後は荒木を連れ、三人で自分の家へ戻った。

 痛々しい友人の体をゆっくり横たえながら、渋い表情をした男が口を開く。

「で? 俺を何時まで雇うつもりだ」
「このゲームとやらが終わるまでだ」

 その言葉に直ぐ様返事を返せば、項垂れる背中。

「……あのなあ、俺の客はテメェだけじゃねえんだぞ」
「報酬なら払う」
「金だけの問題じゃない、信用の問題だ」

 その台詞の続けざまに救急箱と呟かれ、大人しく差し出せば荒木は椿の手当てを始めた。

「あれだけ稼いでまだそんな事を続けるのか」
「金はあって困るモンじゃねえからな」

 淡々と消毒を続ける手元を黙って見詰める。

「一応は悪いと思ってんだ、だからお前からの依頼を引き受けた」

 ゴツい指先のわりに、仕草は繊細なものだ。

「俺が『もういいだろう』って判断した時、この契約は終わりだ。それでいいな?」

 ゆっくりと顔を上げた男は、思いの外いい父親にでもなりそうな男らしい表情で。こちらも無表情のまま、淡々と返事を返した。

「ああ、構わない」
「それでだ。葛城の暴力から逃げる為には、お前か俺が木下椿の傍に居なくちゃならねえ」

 その後、友人を守る為に開かれた会議で真剣に検討を重ね、話し合っていく。

「だが俺は男だ。テメェみてえに二人っきりのまま四六時中張り付いてる訳にも行かねえだろう」
「確かにな」
「木下椿からの信頼も、俺に至っては皆無に等しい。だからって俺がちょこちょこ抜けてる間にお前がしくじれば木下椿が危険だ」

 内情や葛城の性格を知る者が居ると、先が見えて安心出来る。

「明日から常に、三人で行動するぞ」

 だが気は抜けない。

「葛城は対象が一人にならねえと攻撃はしないってルールを自分の中に持ってる、だからお前か俺が傍に居れば大丈夫だ。問題は……」
「……神谷リョウか」

 呟いた言葉に二人でベットに眠る椿を盗み見て、ため息をつく。

「アイツばっかりは誰が何人何処に居ようと突然殴りかかって来やがるからな……面倒な奴だぜ」

 確かに、神谷は面倒な上に良くわからない奴だと思う。
 椿を酷く殴ったかと思えばアイツのモノを持ち歩き、まるで自分の所有物であるかのような独占欲を垣間見せてくる。
 それがゲームで己の優位を葛城に見せ付ける事で何らかの心理作戦を取ろうとして居るなら話は分かるが、私には奴がそんな小賢しい真似をするとは思えない。

「流石にアイツの暴力から木下を守るには俺が居なくちゃ……って、結局1日中お前等に張り付いてなきゃいけねえのか……」

 面倒だと頭を抱えて唸る荒木と、よく分からない神谷という人間に頭を捻る私が交差した時。ベットで寝ていた椿がゆっくりと目を開けた。


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