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持永信次






 毎回ヒーローショーの観客席で、子どもを押しのけて最前列を陣取っている男と、向かい合って飯を食うことになろうとは、一体誰が想像しただろうか。
 勢いよくカレーを掻きこむ彼の姿に圧倒され、自分の手が進まない。そんな俺に気づいたのか、コップの水を飲み干した人に食べることを促された。

「おうヒーロー、食わねえのか」
「えっ、ああ、食べます。いや、伊吹さん、気持ちいいくらい食べるなあと思ってたら、つい見惚れてしまって……」

 呟いたこともあながち嘘ではない。ようやく右手を動かし始めると、すべてを食べ終えた彼が逆に手を止める。口の端についたカレーを親指で拭って舌で舐め取る動作は、どこか獣を思わせた。彼は俺を見据えたまま、最後にはニッと口角を上げた。

「ま、肉体労働してっからな。食わねえと体が保たねえ。それに、このカレーが純粋に美味かったってのもある」

 味を褒められて、まずは頭を少しだけ下げる。満腹ですっかりご満悦なのか、彼はリラックスしたように辺りを見渡し始めた。

 その後、夕飯を食べながら聞き出した情報で、彼は自分の右隣に住んでいると判明した。しかも、もう五年近くになるという。隣人がいることは分かっていたが、それが彼だとは。

 すべてを平らげた皿を眺めて一息ついたあと、ふと自分が入居して間もない頃の話を始めた。

「あの、伊吹さん」
「あん?」

 一度、大音量で映画を見ていたときに壁を叩かれたことがあるのだ。伊吹さんもその件について、きっちり覚えていた。といっても、根に持っている訳ではなさそうだ。本当にいま言われて思い出した顔をして、軽く肩を竦めながら笑っている。

「ああ、あんときは俺も防衛戦に向けた減量で気が立ってたんだ。悪いな、気にすんな。普段はなんとも思わねえよ」

 減量という言葉を聞いて、少し気を引き締める。そういえば、平谷くんが言っていた。彼はもうすぐ減量が始まるのだと。





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