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中村イツキ














暗雲が空一帯を覆う様を電車から見詰めて、顔を伏せた

「…………」

今日から、また憂鬱な1週間が始まる

「……」

電車を降りて、駅から学校までを歩く道のりでも

「おーっす、今日も陰気な面してんなぁお前」
「さっさと辞めろよ」

こうして掛けられる言葉に、やるせなさを覚える

「……おはよう」

俺の無気力が彼らにも伝わっているから、こうして馬鹿にされてしまうんだ

でもだからといって、俺がやる気を出して授業を頑張った所で、今度は空回りの熱血野郎なんて、名前を変えてからかわれる

結局のところ彼らが俺に求めているのは知性でも教養でもない

「…………」

ただの娯楽としての道具

「おはようございます中村先生」
「おはようございます」

緩やかな足取りで学校へと辿り着いて職員室へ足を進めれば、なにやら空気がいつもと少し違う

「おう中村ちゃん」
「あ、斎藤先生……おはようございます」

どこか慌ただしくも感じるその雰囲気に首を傾げていれば、資料を纏めた斎藤先生が笑顔で挨拶をしてくれたのに自分も返す

「……なんだか今日は、先生方が忙しそうですね」

辺りを見渡しながら小さくそう囁けば、ああとこれまた小さく返ってきた言葉

「今日は会田が登校してるからな」
「……あいだ?」


当然ながら初めて聞くその名前に軽く眉間に皺を寄せれば、低い声が鼓膜を揺らす

「会田黒武、今の黒のトップだ」

黒……?
ああ、なんとかいう不良グループのアレか

全身白い彼……確か白柳君とやらは遠目で見掛けた事はあるけど、体格がよくて怖そうだった

「まあアイツは3年だしお前の管轄外だから安心しろ」

その言葉に少し安心しながら、遠慮がちに笑う

「……はい」

チャイムが鳴ったと同時にじゃあなと職員室から出ていく背中を見送って

俺も授業をするクラスの名簿を取って、ノロノロと準備を始めた

「…………」

起立も礼も着席もなく
風紀なんて全くないといったこの学校

「……おはようございます」

俺が教室へ入っても、無視の状況が続く

「…………」

笑い合ったり脅かし合ったり
子供らしい笑顔を横目に誰も興味を抱かない教科書を捲って

「……今日は90ページから始めます」

嘘みたいな柔らかい日差しが差し込んだ

苦痛にも等しい授業がようやく終わりを迎えたのは、チャイムが鳴ってちょうど50分後

「……ありがとうございました」

未だに騒がしいままの教室で淡々と教科書を重ねて黒板を綺麗にしていく

そんな作業をしている中

「……えっ!?いま黒さんと白さんが3年の廊下で喧嘩してるらしいぜ!」

突如大声でそんな事を伝えた男子生徒の言葉に

「えっマジで!?見に行こうぜ!」
「黒さんとか俺まだ見たことねえ!!」

歓声にも近い声が次々と上がる

「…………」

下らない
喧嘩なんて、どうしてそんな野蛮な手段を好むんだ

悪ぶっていられるのは今のうちだけ
大人になれば暴力なんてなんの役にも立たない

「……はっ」

まあ、そんなことを喧嘩が出来ない俺が言ったら、ただの僻みになってしまうか

「……」

出てしまった失笑を小さく噛み砕いて、それいけと言わんばかりに教室から出ていく生徒を追うように廊下へと足を進めた

「白さんと黒さんどこだよ!向こうか!?」
「……ごめんね、通るよ」

野次馬の1年生達には敷居が高いのか、3年校舎には足を踏み入れず、その入り口でたむろする前をなんとか横切って、疲労と共に職員室へと帰還しようとしたその刹那

「おい中村!!」
「!?」

物凄い怒声で自分の名前を叫ばれて、思わず肩をビクリと揺らしながら辺りを見渡した

「中村!!早く来い!」
「さ、斎藤先生……!」

後ろを振り向けば、生徒の群れの中から出てきた斎藤先生が、俺を強く手招きしていて

「あの馬鹿野郎共が器物破損する前に止めるぞ!生活指導だろテメェさっさと来い!」

そしてその悪夢に等しい台詞に

「ええっ!?」

俺の額からは冷や汗しか流れなかった

正直言って、怖い

「この上あがった所で白柳が先に吹っ掛けやがった、他の応援が来るまでとりあえずは俺とお前でどうにかすんぞ!」
「どうにかってどうするんですか!?」
「知るか!」

だって俺は斎藤先生と違って、不良を止められる自信も技量も無いと自負しているから

「現場でテメェが判断していけ!」
「そ、そんなの無理ですよ!」
「無理じゃねえ!」

嗚呼
どうして、こんな学校に来てしまったんだろう

「テメェも教師だろ!」
「でも俺なんかじゃ!」
「うるせえ教師なら黙って仕事しろ!」

自分で選んだ生活に

「餓鬼が度を越えた行動をしてる時に止めんのが大人だろうが!」

涙が出そうだ

「……っ」

ならばおれは

まだあなたが言う大人にも成りきれていないのかもしれない

「おい白柳!会田ぁ!さっさと離れろテメェ等!ぶっ殺すぞ!」

階段を駆け上がって一足先に消えた背中と、その向こうで聞こえた厳しい声

「うるせえ!邪魔すんな!」
「テメェ誰に口きいてやがんだゴラァ!」

足の震えが止まらない

でも
行かなくちゃならない

「中村ぁ!何やってんださっさと来い!!」

強く目を瞑って、踊り場から一気に階段を駆け上がって、眩しい廊下へと辿り着く

「…………」

そしてそこで見えた光景は

「動くんじゃねえテメェ!」
「離れろ!!」

白い男を床に押さえ付けて止める斎藤先生の姿と

「おい中村!お前は会田を適当な場所に離せ!早くしろ!」

嫌に柔らかな日差しと

「…………」

黒い腕と
髪と


「……、アンタ……」

言葉を失ったまま
動けない

「…………」

俺は無言のまま、ただただ目の前の人物を見詰め続けた




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