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[13]
会田黒武












斎藤の背を追っていく中で、焦げた紙の臭いが鼻をついた瞬間、進んでいた足も止まる

「…………」

怖い

自分の全てを捧げた原稿が、今どうなっているのか

そしてその現実を見た時、俺自身が耐えられるのか

全てを見るのが、怖い

「おい白柳!」

階段を上がって、角を曲がってすぐにある自分の教室に群がる群衆

「テメェなにやって……っ!」

その中へ割り込んでいく斎藤の背中

「…………」

強く吹き抜ける風

「……中村……?」

廊下まで舞い散る白い原稿用紙

「…………」

異様な沈黙

「謝りなさい」

そして、響いたアイツの声
「…………」

ゆっくり、ゆっくりと教室の入り口へと歩みを進めれば、気を遣ったように道が開けられていく

「……」

そして覚悟を決めて、中の様子を見た時

無惨に焼かれた紙が見えて、強く目を瞑る

「……」

怒りと、苦しさと悲しさが同時に押し寄せて声も出ない

ただ、今にも膝から崩れ落ちそうだ

だがそんな俺の意識を繋ぎ止めたのが

「彼に、謝りなさい」

アンタらしくもない、でも確かにアンタの声

「……ああ?」

白柳が不機嫌そうな声で返したのを聞いて、俺も閉じていた目を開く

「あなたは、一番してはいけない事をした……彼に謝りなさい」

光に包まれて逆光に見える中、白柳に胸ぐらを捕まれたまま、淡々とした口調で話す背中

「ああ?紙燃やしただけだろ」

だが白い野郎がそう発した瞬間

「あなたにとってはただの紙でも……っ!」

怒り狂う俺の身体が動く前に、アンタの怒声が廊下にまで響き渡る

「……彼にとっては、かけがえのないものだった……」

だがそれも最後には弱々しい声音に変わって

「…………」
「……あなたは、あなたが思う以上に残酷な事をした……」

その次には、諭すようなものになって

「……悪い事です、謝りなさい」
「…………」

珍しく反論もせず、ただ黙っていた白柳の野郎は、胸ぐらを掴み上げていた手をゆっくりと離して

「……馬鹿くせえ」

そう鼻で笑って、教室から出ていこうと足を進めた

「待ちなさい!」

それをアンタの怒声と腕がまた止める

「今、彼に、ここで……謝りなさい早く」
「……テメェ」
「早く!」

白柳を追うようにこっちを振り返ったアンタは

何故か泣いていた

泣きたいのは、こっちの方だ

「……何なんだよお前……」
「謝るまでは、死んでも離しません」

けど、アンタがそうやって泣くから

「……意味わかんねえ」
「早くしなさい」

俺は辛うじて感情を留めていることが出来る

「……チッ」

鬱陶しそうに舌打ちをした白い野郎は、俺を睨むように視線を向けて

「……悪かった」

聞こえない程の声でそう呟いては、苦虫を噛み潰したような顔で俺の隣を通り抜けた

「…………」

白柳が去った後、人だかりも消えて
力なくその場にへたり込んだアンタが、焦げた紙を指先でなぞる

「……酷い……」

その姿に、色んな感情が込み上げて

「……こんなの、酷すぎる……」

片手で顔を覆って、俯いた

「……おい、中村」

斎藤に支えられるようにして立ち上がったアンタが、健気に焼かれた原稿を集める指先を見て、嗚咽が込み上げた

「……大丈夫です」
「……」

嗚呼
本当は分かってた

「だから、斎藤先生も……手伝って頂けませんか……」
「……分かった」

アンタは、最低なんかじゃない

「……細かいのも、見えるものは全て集めてください……」

毎日生意気な不良に囲まれて

「……もういい」
「よく、ないですよ会田君……全然よくない」

ろくに授業も出来ないで疲れ果てて苦しんでる

「……こんだけ焼かれてりゃあ……無駄だ……」
「……けど!」

そして文学が誰よりも好きな、ただの男

「……また……書き直していけばいいんだろ」

アンタのすぐ傍まで近寄って、しゃがんで、その肩に触れる

「……けど……あなたの原稿は……っ」

その真っ直ぐな眼差しがまた涙で濡れた時

「……だから、もういいよ……『センセイ』……」

生まれて初めて、教師が尊いと思えた


「……会田く……」

馬鹿みたいにアンタの肩を借りて静かに泣きながら

「……ごめんなさい……」

なにに対してかも分からない謝罪の言葉を聞きながら

「…………」

その苦しい時間は過ぎていった


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